長期停滞の説明の試み
今ある製品を作るのに方法が二つあるとする。(1)労働者10人と機械1台、(2)労働者5人と機械2台、どちらも技術的には実行可能だとする。 (1)の労働生産性は(2)の労働生産性の半分と考える。今、賃金は1万円、機械の使用料は10万円だとする。(1)の方法で生産するとコストは20万円で、(2)の方法だと25万円だ。企業は(1)の方法を採用する。賃金が3万円に上がると、(1)の方法のコストは40万円となり、(2)の方法だと35万円になる。企業は(2)の方法を選ぶ。賃金が上がり、生産方法が変わると、労働生産性は上がる。逆に賃金が下がると、労働生産性は下がる。これは労働生産性が上がったから、賃金が上がった、下がったから下がったという話ではない。企業が常に労働生産性を上げるように行動する訳ではない。あくまで、労働生産性を上げるのが利益につながるかを計算しながら、選択をしている。その選択に一番重要なのは、賃金と資本のレンタルコストの比率だ。賃金が割安であれば、労働生産性の低い方法が、割高であれば生産性の高い方法を選ぶ。
もう一つ重要な要素は、製品(生産物)の価格と賃金の比率だ。上の例で、賃金が1万円、機械の使用料は10万円で、(1)の方法で生産してコストは20万円である場合、製品が20万円未満であれば、企業はそもそも生産をしない。賃金が5千円に下がれば生産コストは、15万円なので、企業は生産を行う。生産に労働を多く必要とし、コストに占める賃金支払い額の割合が高いほど、賃金が下がることによって採算が合うようになる。言い換えると、労働生産性の低い事業ほど、賃金低下のアドバンテージは大きい。
長期停滞期は、人口は停滞していたにもかかわらず、主に女性と高齢者の労働参加率が高まることによって、労働供給が大幅に増加していた。このため労働市場の需給が緩んだ状態が続いた。企業は、賃金を上げなくても労働者は確保できた。
したがって、既存の企業は、省力化投資をして労働生産性を上げるよりも、労働者を大勢雇って生産をしたほうが、利益が多かった。このため、生産性は上がらず、生産性を上げるための設備投資も不活発だった。
また、賃金低下に伴って、これまで採算が合わなかった労働集約的で、労働生産性の低い事業が採算に合うようになり、労働生産性の低い事業の開業、新設が大幅に増加した。
これら二つによって、平均賃金も平均労働生産性も停滞した。労働生産性が低く抑えられたことにより、GDPが大幅に増加しなくても、雇用が維持・拡大された。また、企業の投資も大きくは伸びなかった。さらに企業の投資抑制によって、企業部門が資金余剰となり、政府が不足となった。
通信料(携帯電話)
物価低迷続く日本 10月、エネルギー除けば0.7%減: 日本経済新聞 nikkei.com/article/DGXZQO
携帯電話の通信料が、4月に下がり、10月にさらに下がって、2020年を100として47になっている。少しややこしい問題がある。
消費者物価指数には、通信料(携帯電話)という品目があり、指数とウェイトが公表されている。このデータを利用して、通信料(携帯電話)を除く総合指数を試算することができる。
これを作って、前年同月比を総合指数と比較してみる。3月は総合指数ものぞく指数も-0.4%で差はない。4月は通信料(携帯電話)の指数が下がったので、除く指数は-0.1%だが、総合指数は-1.1%で差が出ている。総合指数の低下に、通信料(携帯電話)の低下が寄与している。5月は除く指数は+0.3%と上昇に転じたのに、総合指数は通信料(携帯電話)低下の効果で-0.7%となった。符号が異なっている。
この傾向は6月以降も続いている。6月0.7%、-0.4%、7月0.8%、-0.3%、8月0.9%、-0.4%だった。総合の低下率の絶対値が小さくなり、9月からはプラスに転じたので、符号は同じになっている。1.5%、0.2%、10月1.6%、0.1%だった。
これだけなら特定品目の影響が大きいということだが、問題は総合指数のウェイトだ。「通信料(携帯電話)」のウェイトは10000分の271なのだが、価格が基準時点から半分になれば、消費額が2倍にならない限り、消費に占めるウェイトは小さくなる。
消費額はそんなに大きくなっているだろうか?もしなっていなければ、総合指数の上昇率は実態より低めに出ていることになる。
二度目の OECDの Average Wage の解説
従事者一人当たり付加価値額
平成28年経済センサス活動調査によると、「072 とび・土工・コンクリート工事業」の事業所は18,390(0.4%)、従事者は164,937人(0.3%)、一人当たり付加価値額は489万円(91%)だ。
「07 職別工事業」の事業所は、142,445(全体の2.9%)、従事者は、768,685人(全体の1.4%)、一人当たり付加価値額は454万円(平均の85%)だ。
「44 道路貨物運送業」の事業所は、65,088(全体の1.3%)、従事者は、1,601,659人(全体の3.0%)、一人当たり付加価値額は438万円(平均の82%)だ。事業所規模は全体よりも小さい。
「097 パン・菓子製造業」の従事者は、283,819人(全体の0.5%)、一人当たり付加価値額は428万円(平均の80%)だ。
「891 自動車整備業」の従事者は、230,542人(全体の0.4%)、一人当たり付加価値額は428万円(平均の80%)だ。
「093 野菜缶詰・果実缶詰・農産保存食料品製造業」の従事者は、55,612人(全体の0.1%)、一人当たり付加価値額は330万円(平均の62%)だ。
「85A 保育所」は従事者が427,037人で、一人当たり付加価値額は305万円しかない。「854 老人福祉・介護事業」は、2,164,236人で、286万円だ。
「76 飲食店」の従事者は、3,576,242人(全体の6.6%)、一人当たり付加価値額は193万円(平均の36%)だ。
「011 耕種農業」の従事者は、139,524人(全体の0.3%)、一人当たり付加価値額は187万円(平均の35%)だ。
高付加価値産業への労働移動
雇用が十分確保されている経済では、「生産性の高い産業への労働移動の推進」が正しい。必要なのはこのような労働移動であって、成長産業への労働移動ではない。成長産業=高生産性の産業という幻想からは脱却しなければならない。
平成28年経済センサス活動調査で、事業従事者1人当たり付加価値額(万円)が示されている。「A~R 全産業(S公務を除く)」では、536万円である。これが賃金、営業余剰などで分配されていく。
成長産業であってもこの付加価値額が低いものはかなりある。例えば、「76E ハンバーガー店」の従事者は149,506人いたけれども、この付加価値額は136万円に過ぎない。全産業に比べて労働時間が短いとはいえ、低すぎるだろう。
今後の女性労働力供給
総務省の労働力調査を用いて、女性の労働力人口比率が、男性のものと同じになったら、女性労働力人口が記録されているものに比べて何人増えるかを計算してみる。具体的には、15歳から64歳または69歳までを5歳刻みにし、女性人口×(男性労働力率-女性労働力率)を計算し、足し上げる。これを2000年から2020年まで各年で計算する。
64歳までに限ると、2000年には、1,118万人と1千万人を超えていた。これが、2010年には886万人に減り、2020年には522万人に減っている。年齢の上限を5歳引き上げて69歳までにすると、2000年は1,214万人、2010年に979万人、2020年が616万人と同じように減ってきている。女性の労働力人口比率が男性のものに接近してきているためである。
どちらをとってもこの10年間の平均では毎年35万人ずつ減っている。出産、子育て期の女性の労働力率は男性のそれよりは低くなるだろうし、今後、女性の人口も減っていく。シアタがって、この数字はさらに小さくなっていくだろう。
女性の労働供給は、人数で考えると近い将来頭打ちになりそうだ。労働時間の延長があるかもしれないが、労働市場の需給が引き締まりやすい環境が整いつつある。これを生かして、賃金の上昇につなげるのが、現在の課題だ。